大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)112号 判決 1972年11月27日

原告 七野俊子

右訴訟代理人弁護士 岡部吉辰

被告 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

右指定代理人 越智恒温

<ほか一名>

主文

一  被告は原告に対し三八万〇、三五二円およびその内金一三万三、五七六円につき昭和四五年三月一日から、内金一二万六、七八四円につき昭和四六年三月一日から、内金一一万九、九九二円につき昭和四七年三月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

一  原告

主文第一、二項同旨の判決ならびに第一項につき仮執行宣言

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決

第二当事者双方の主張

一  原告の請求原因

1  東京都知事の施行にかかる東京都市計画第八地区復興土地区画整理事業において、原告所有の(一)東京都渋谷区宮下町三七番二三 宅地六三坪二一(二〇八・九五平方米)、(二)同所同番二五 宅地一坪六一(五・三二平方米)の各土地(以下「本件各従前地」という。)がその施工地区(第一区)内に指定され、昭和四一年六月二〇日原告に通知、同年九月一日付公告の換地処分により、本件各従前地の換地として、同区渋谷一丁目二二番一九 宅地四一坪六七(一三七・七五平方米。以下「本件換地」という。)が原告の所有となり、かつ減価補償金として金六七万九、五二〇円が原告に交付されることとなった。

そして原告は、東京都知事より昭和四二年二月三日付書面をもって、右減価補償金を別紙清算金支払表記載のとおり六回に分け、利子を付して分割交付する旨通知をうけた。

2  右土地区画整理事業の施行により、区画整理施行後の宅地価額の総額が、施行前の宅地価額の総額より減少するに至ったので、土地区画整理法(以下「法」という。)一〇九条に基づき、原告は減価補償金の交付を受けることになったものである。かりに、被告が原告に対し交付すべき右金員が清算金であるとしても、清算金交付請求権は換地処分公告の翌日に確定し、原告は右債権を確定的に取得したものである。

3  しかるに、被告は原告に対し右分割交付金のうち、第一ないし第三回分の支払いをしたのみで、既に支払期の到来した第四回ないし第六回分の支払いをしない。

4  よって、原告は被告に対し、別紙清算金支払表記載の第四回ないし第六回分の各交付額合計三八万〇、三五二円および右各回分の金額につき交付期日の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の答弁および抗弁

1  請求原因1項のうち、本件換地処分により原告に交付されることになった金員の性質が減価補償金であるとの点は争うが、その余の事実および3項の事実はいずれも認める。2項のうち、区画整理施行後の宅地価額の総額が区画整理施行前の宅地価額の総額より減少したとの点は否認し、その余の主張は争う。

2  本件各従前地の価額は合計一七一万三、〇六〇円であったところ、換地処分後の本件換地の価額は一〇三万三、五四〇円であったので、法九四条、一一〇条によりその減少差額六七万九、五二〇円が清算金として原告に交付されることになったものである。

本件区画整理事業の施行前後において、施行区域内の宅地価額の総額にはなんら減少はみられないし、もし、減少した場合には換地処分の公告と同時にその旨の公告をなすべきところ(法一〇九条一項、施行令六〇条)、右公告はされていないから、本件の金員は法一〇九条所定の減価補償金ではない。

3  抗弁

(一) 原告は、昭和四四年七月二六日訴外下田貞子および同下田敬典に本件換地を売り渡し、同月三一日付で所有権移転登記を了したので、法一二九条により、それ以後の清算金交付請求権は当然に右訴外人らに移転し、原告はこれを喪失した。

法一二九条は、土地区画整理事業の継続的運営を円滑ならしめるため、処分、手続等が土地権利者等の承継人に対しても効力を生ずる旨規定したものであり、換地処分の後でも、清算金の徴収、交付の事務が完了するまでの間は、いまだ土地区画整理事業は完了していないから、その間も同法条が適用され、換地が譲渡された場合、未交付の清算金交付請求権は、その譲受人に承継されるものと解すべきである。

(二) なお、被告は、右第四回ないし第六回分の分割清算金を各交付期日に下田貞子外一名に支払った。

三  抗弁に対する原告の認否、反論

1  前項3(一)のうち、原告が被告主張の日に本件換地を下田貞子および下田敬典に売り渡し、その主張の日に所有権移転登記を了した事実は認めるが、被告のその余の主張は争う。

同(二)の事実は不知。

2  かりに、本件金員が清算金であるとしても、本件清算金交付請求権は、本件換地処分の公告のあった翌日に原告が確定的に取得した債権であって、その後原告が本件換地を他に譲渡したからといって、右債権の帰属に何ら影響はない。

法一二九条は、土地区画整理事務の円滑を期するための規定にすぎず、換地処分確定後の確定した清算金交付請求権の帰属を左右するものではない。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  原告の請求原因事実中、1項のうち、本件換地処分により原告に交付されることになった金員の性質の点を除く、その余の事実、同3項の事実は、当事者間に争いがない。

二  まず、右金員の性質について判断する。

≪証拠省略≫によれば、本件土地区画整理事業第八地区第一工区において、区画整理前の宅地の価額の総額は四六億二、四八〇万六、六一〇円であるのに対し、区画整理施行後の宅地の価額の総額は五〇億〇、〇六六万八、二八〇円と評価されており、区画整理施行の前後において宅地価額の総額は減少していないから、法一〇九条所定の減価補償金を交付すべき場合でないことは明らかであり、現に、換地処分の公告の際、施行後の宅地の総価額が施行前の宅地の総価額より減少した旨の公告もなされていないことが認められる。

かえって、前記証拠によれば、原告所有の本件各従前地二筆(合計六四坪八二)が換地処分により本件換地一筆(四一坪六七)となって減歩し、かつ本件各従前地の権利価額と本件換地の権利価額との減少差額六七万九、五二〇円が清算金として交付されることになった事実が認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

そうすると、被告は原告に対し、別紙清算金支払表記載の第四回ないし第六回分の各清算金の支払義務を負担したものというべきである。

三  そこで、被告の抗弁について判断する。

原告が、被告主張の日に本件換地を下田貞子および下田敬典に売り渡し、その主張の日に所有権移転登記を了したことは、当事者間に争いがない。

被告は、本件換地の右所有権移転に伴い、原告の清算金交付請求権は、法一二九条により当然右下田貞子ほか一名に移転した旨主張する。

しかし、右法条は、土地区画整理事業の継続的運営を円滑ならしめるため、処分、手続等が土地権利者らの承継人に対して効力を生ずる旨規定したものであって、本件のように、換地処分確定後に換地が譲渡された場合における清算金の交付、徴収の関係についてまで適用があると解することはできない。

すなわち、清算金の意義およびその徴収、交付の関係、換地処分の効果、清算金の確定等に関する法の規定からすれば、清算金は、換地処分により、低い価格の従前の土地の代わりに高い価格の換地を得た者、あるいはその逆の関係にある者が、その間の不均衡を是正、清算するために支払いまたは支払われるべき性質のものであり(法九四条、一一〇条一項)、しかして、土地区画整理事業においては、換地処分公告の段階で諸手続の積み重ねによる所期の法律効果は完成し、従前の土地に存した所有権その他の権利関係が新たに換地に移行する(法一〇四条一項)のであるが、かかる法律効果は、同処分の確定により最終的に動かしえないものとなり、換地の補完としての清算金に関する債権債務も、これと同時に右権利者と施行者との間に最終的に確定し、土地から独立した債権債務として換地の権利者に帰属するにいたるものと解するのが相当である。したがって、右の時点で区画整理事業は実質的に完成し、それ以後は単にその債権債務の履行が残されているにすぎないことになるから、もはや法一二九条を適用して、しいて換地権利者と清算金の権利・義務者とを合致せしめる事業運営上の必要は存しないのであって、当該換地は、同条にいう事業の施行に係る土地には当たらないと解すべきである。

なお、法一二九条を被告主張のように解すると、施行者の清算金徴収債権が債務者の所有する換地により担保され、その徴収を容易ならしめる利点があることは否定できないが、かかる利点は法が本来意図したものではないのみならず、かえって、換地処分後に、換地を対象としてなされる売買においては、当事者は通常清算金の帰属について特段の合意もせず、当該土地自体の価格に着目して売買代金を定めるものと考えられるところ、清算金の交付、徴収の債権債務が当然に買主に帰属するとすれば、買主または売主が不当に利得することになり、売買当事者間に新たな法律関係を残存させることになるのであるから、被告主張のような解釈は、取引の実情に反し、迂遠かつ不合理であって、施行者側に前記の徴収上の利点があるとしても、これを採用することはできない。したがって、被告の抗弁は理由がない。

四  そうすると、被告に対し別紙≪右表≫清算金支払表記載の第四回ないし第六回の各清算金合計三八万〇、三五二円および右清算金につき各交付期日の翌日から完済まで法一一〇条二項、同施行令六一条一項に定める利率の範囲内の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないから、その申立てを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 吉川正昭 石川善則)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例